否唯なしに。

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無能なあの子の処世術

はじめに 

 その昔、同僚から常に無能のレッテルを貼られ続け、自分を卑下しつつも己のタスクに全力で取り組む友人と夜を語り明かした事がある。「大人になってからずっと、自分を変えたいと思うけれど、自分の根本的なウィークポイントはどうしても無かった事にできない」と嘯く彼女の目は、ひどく哀しそうで、虚ろだった。常に目の奥に情熱を灯し、最善択を模索し続けるそれに畏怖の念を覚えていた僕は、その時初めて、彼女も人の子なのだと知った。

 最近、急に彼女の面影が脳裏にちらつき、その時に話していた「無能の生き方」が思い起こされて、ひどく懐かしく、また何故か喪失感に似た何かを感じたので、それを埋める為に、当時の彼女の言葉を書き留めておく事にした。例によって乱文の体を表する点については予めお詫びしなければならない。

 

 

「無能」とはゴールしか見えていないという事。

 そもそも、彼らは社会不適合者であるところの我々を「無能」と一口に評するが、「無能」とは果たしてどういうこと(状態)なのだろうか。また、何故「無能」がダメなことなのだろうか。彼女曰く、「無能の本質」と「無能がダメとされる理由」というのが「物事のゴールしか見えていないこと」であるらしい。

 自身の経験則に基づいた考え方の根本に、物事を為すにあたって「ゴールしか見えていない」という状態が、社会で生きる人間にとって致命的な欠陥であるという鉄則(?)が存在すると云う。何故なら「失敗したときにリカバリーが効かない」から。よっぽど運がいいか超人的な能力に恵まれていない限り、確かに我々は「失敗」を経験するから、失敗したときにリカバリーすることができなければ、我々は永遠に物事を成すことができない。彼女の言葉を借りていうなれば、行ったことがない目的地を目指すときに、目的地の場所だけがわかっていたとしても、自分が今いる場所や、目的地までの道のりがわからないと目的地に辿り着くことはできない、途中で道に迷ってしまった時、それを解決する手段を持ち合わせていないと永遠に迷い続けることになると。確かに至極当然の事である。

 頻繁に、物事がうまくいかなかったことそのものを指して、「無能」というレッテルを貼られる(貼る)現場に遭遇することがあるが、これは間違った考え方で、「その結果をリカバリーすることができない状態」こそが「無能」のそれというわけだ。

「変えたい」のスタート地点に立つ。

 無能な人は「常に自分を変えたい」という漠然とした信念に囚われて日々を生きる。無能を完全に克服することができなくても、それでもそれを変える方法を常に探し続ける。ゴールしか見えていない無能が、スタート地点を探す原動力である。

 「自分を変えたい」という考え方の原点は「自分」と「他人」の2つに大別されるという。「変えたい」という気持ちが自分発の場合、一番重要になってくるのは「何故自分がそう思ったか」という部分で、大抵の場合は「〇〇がうまくいかなかったから」というのがそれに該当する。「うまくいかなかった」という事象を「何故自分が変えたい」と思っているのか、という考え方をする事で「自分が特に課題であると認識している部分」というのが何となくイメージできてくる。翻って「変えたい」が他人発の場合、わかりやすく言い換えると「他人から何らかの事象について変更を求められた場合」、一番重要になってくるのは「現実問題、何が物事に支障をきたしているのか」を考えることである。これを考えていくと「何故相手が自分に変わって欲しい」と思っているのか、を考えることになる。ここで重要視すべきは、他人からの何らかの指摘が原因で、「自分を変えたい」と自身が思っているとき、既に問題は現実世界に支障をきたしているという事で、この問題を理解することは修正しなければならない「課題」が具体的に可視化される事を意味している。

 当然だが、こうしてここで考えた「変えたいの理由」=「現状の課題」が細微でかつ具体的であればあるほど、この後の思考と行動がスムーズになる。スタート地点においてこれらの材料は「燃料」のような役割を果たす。「自分が考えなければならないポイント」がより明確になることで効率的に「無能」からの脱却を図ることができ、立ち返る原点がはっきりしていることでそのモチベーションを高く維持することができる。

無能なあの子の処世術

 所謂、処世術というやつの要点は以下3点から成り立っているらしい。

 ①現状(スタート)を把握する。

 ②理想(ゴール)の状態を想像する。

 ③現状と理想の距離を近づける。

 前述の通り、「無能」と呼ばれる状態にある人々は、「ゴール」しか見えていない事が多い。またゴールというのも綿密に計画されたものではなく、「なんとなく、こうなればいいな」といった程度のものである事は日常茶飯事である。そこで、無能からの脱却に必要なポイントが、以上に示したような「スタートを把握して」、「ゴールを想像し」、「スタートとゴールの乖離をできるだけ小さくしていく」という事になるのは想像に難くない。

1.現状を把握する。

 第一にやらなければならないのは自分のスタート地点がどうなっているのか把握することである。改めて現状把握といわれても、何をどう把握すればいいのかわからないことは結構あると思う。当時彼女が話していた現状把握をする上でマストなタスクは以下の5つ。

①問題の本質を理解する。

②視野を広げる、見方を変える。

③デッドラインに対応した進捗度を分析する。

④最悪の未来を考える。

⑤第三者の意見を拝聴する。

マストなタスク、という表現をしたが、これらのうちどれかが欠けていると、途端にそこから計画が綻んで失敗が連鎖してしまう、なんてことも少なくないと彼女は言っていた気がする。

 因みに、現状把握を行う重要性は「自分が帰ってくる場所を明確にすること」にある。「行ったことのない目的地へ向かう」という非常に抽象的な例を前述したが、途中で道に迷って打つ手がなくなってしまった場合に、自分が元居た場所がわかっていれば、そこまで歩みを戻してルートやプランを再構築することができるから、現状把握は非常に重要な「無能の為のライフハック」と言える。

 またここで気を付けなければならない点として「現状は刻一刻と変化する」が挙げられる。従って、現状把握にはある程度のスピードが求められ、また初回だけではなく、物事の節目のタイミングで、何度か現状把握を行うことも必要になってくる事も覚えておきたい。

1-1.問題の本質を理解する。

 ある物事を遂行する上で最重要事項を見つける作業になる。或いはその物事を遂行する大元の理由を明確にする作業に当たる。特に失敗をリカバリーする際には、これを行わないと「見せかけの要因」に気をとられて、適切な対応をとることができなくなってしまう。少し抽象的すぎるから、と言って、彼女はひとつ具体例を示してくれた。

 当時、我々が所属していた音楽団体には、恒常的に使用する楽曲が20曲前後存在していた。そのため、毎年、年度初めに入部を決めてくれた新一回生にはこの曲の用法を教える必要があった。どの音楽団体にも頻発するであろう「楽器パートごとに楽譜を配布する」というタスク。この「楽器パートごとに楽譜を配布する」という問題を例に現状把握を進めたい。ここで論点となるのは、大きく分けて「いつ、どのように」楽譜を渡すか、の2点に。では当該問題の「本質」とは何になるだろうか。人によって問題へのアプローチの仕方は様々だと思われるが、本質事項は「新一回生が将来的に使用楽曲を吹けるようになること」になるだろう。当該問題において一番大切で、これが達成されなければ問題の解決にはならない、という至ってシンプルな回答になる。このように問題の本質とは、聴けば「当たり前」と思えるような明快な回答であることがほとんどである。

 具体例を挟み、形式的にではあるが、本質を理解するという事の内容が見えてきた。これだけでは何故「本質」をはっきりさせることが重要なのかという点についてはよくわからないが、このフェーズの重要性は後述する現状把握の他のポイントを考えていく上ではっきりしてくる。前述した通り、現状把握を行うメインの利点は「自分が戻ってこられる原点を明確にすること」であり、本質を理解することは、この原点を理解することといっても過言ではない。何があっても変わらない重要な点、それが問題の本質なのである。つまりこの「楽譜配布問題」について議論する時、「新一回生が将来的に使用楽曲を吹けるようになること」という考え方は、すべての理論の土台に組み込まれると考えられる。

 ここで、問題の本質を考える上で注意したい点を提示する為、先に「視野を広げる」

というタスクの内容に触れておきたいと思う。

1-2.視野を広げる、見方を変える。

 問題の本質、すなわち問題の核(内面)を明確にしたところで、次に「問題の外面・環境・状況」を調べていく。この問題がどのように外の世界と関連しているのか考える。若干ニュアンスは違うが、曰く「5W1H」を目安にすると考えやすいらしい。いつの問題なのか、誰がこの問題に関わるのか、この問題の影響はどこまで及ぶのか、必要なものは何か、必要なことは何か、etc…といった具合だ。前節で「本質を理解する」ことが現状把握において必須である、と書いたが、それで言えば本節のタスクは現状把握をする上で必須事項であるといえる。

 これが現状把握をする上で重要な理由は、先ほど考察した本質情報を最も良い形で結果へと昇華させるために、様々な形で検証する必要がある為だ。つまり様々な事情を考慮して最良の未来を想像するための材料集め、という事になる。

 これについても例の「楽譜配布問題」に落として考えたい。楽譜配布問題に関わる要素を考えて挙げていくと以下のようにキリがない事が分かる。(一例)

 ・楽譜の読み方を教えなければならない。(いつどこでだれがなにをどのように以下略)

 ・楽器の吹き方を教えなければならない。(5W1H

 ・楽譜そのものを用意しなければならない。(5W1H

 ・新一回生はいつまでにどの曲が演奏できるようになればいいのか。

 ・表舞台へのデビュー時期は?

 ・定例の練習には一回生をどのように組み込む?

 ・楽器初心者と楽器経験者によって必要な対応が違う。

 ・新入生の立場でこの問題を考える。(例:新入生のモチベーション向上という観点)

 ・前年度までの方法はどうだったか。分析と反映。

 ・主に新入生の対応を行う上回生の立場でこの問題を考える。

etc…(細かい問題はまだまだあると思う。)

 これら一つ一つを綿密に検証していく、すなわち「楽譜配布問題」という一つの問題を、このように広視野かつ多角的に考えていく中で最良のパターンを導き出すことが、視野を広げる、見方を変える、という事になるのである。こうした未来を想像するための材料を用意するという事が、現状把握を行う上で重要なタスクであるわけだ。

 さて、このタスクを遂行するにあたり、「本質を考える」というタスクと合わせて特に気を付けたいことが存在する。それは「視野を広げる過程で本質を見失わないこと」ということである。例えば、「視野を広げる」段階で「新入生を2週間後にデビューさせたい」という事象が生じたとしましょう。要因は色々考えられるとして、「出演依頼が重なって、新入生にも出演してもらったほうが編成を組むうえで都合がいい」などの事情が存在した際に、我々は「新入生が将来的に使用楽曲を吹けるようになること」という問題の本質を前提にして本課題を解決しなければならない。すなわち「出演させたい」という事象はあくまで団体の都合であり、「新入生が将来的に使用楽曲を吹けるようになる」上で「2週間後にデビューさせる」ことが現実的に不適切であると考えられる場合は、「新入生をデビューさせずに本課題を別な形で解決する」という結果を導くことになるわけである。

 しかし、現実には問題の本質を分析する前に、まったく別の方面から問題が生じることがほとんどであり、本例で言うところの「出演依頼が重なって、上回生のみで編成を組むことが難しい」などという問題が発生するわけである。ここできちんと「新入生をデビューさせる」という観点から「彼らが将来的に使用楽曲を吹けるようになること」という本質を見抜くことができなければ、その場で本質に則った判断ができなくなってしまうというわけだ。無論、本質情報というのは見方を変えるといくつか生じてくるのが道理だが、こうして多角的に物事を考えていくときにそのいくつかの本質を見失わずに思考を進めることが、本タスクにおいて重要なことだと思われる。

 

(追記:一般的にある楽曲に取り組むためにはある程度の基礎知識・基礎技術が必要となる。従って将来的に満足に楽曲の演奏を行うためには、基礎固めをきちんと行ってから楽曲に取り組むのが定石であり、この理論を元に当該問題を考察した場合、基礎が固まっていないうちに楽曲に取り組むことは将来的に悪手である、という判断を行っている。:彼女談)

1-3.デッドラインに対応した進捗度を分析する。

 前者2点が非常に重要なタスクだった為、それを説明するのに長文を要してしまったが、以下3点は簡潔に要点を纏めたい。

 冒頭で「タイミングを見計らって何度か現状把握を行うことが必要」であるという事を綴ったが、その主な理由は現状が様々な外的要因により、刻一刻と変化するためである。その為、我々は現状把握を行う際に「進捗度」を考えなくてはならない。進捗度を考える上で必要なことは主に2つで「ゴールの状態」と「現時点からゴール地点までの距離」であると考えられる。ゴールについては以降詳述するとして、ここでは現時点からゴール地点までの距離を把握するという点について触れておく。

 現時点からゴール地点までの距離を知るうえで、一番欲しい情報は「あとどのくらいあればゴールまでたどりつけるか」である。これを知るためにはゴールまでの綿密なルート構築が必要であり、その中でも現状把握を行うという観点では「どこまでできたか」という「ToDoリスト」のチェックが必須となる。このとき、ただ単に「終わったか、終わってないか」という分析をするのではなく、一つ一つのToDoを「評価しつつ」チェックして行く事が非常に重要となる。そうすると、「まだ終わっていないタスク」のほかに「追加でクリアしなければならないタスク」が見えてくる事になる。これを元にToDoリストを修正しすると共に「あとどのくらいあればゴールまでたどりつけるか」を検証する。こうして課題の進捗度が判明、可視化され、最新の現状把握が完了する。

 このタスクは、課題を遅延なく達成する上で非常に重要である。前節において「新入生を2週間後にデビューさせたい」が、「新入生が将来的に使用楽曲を吹けるようになること」をベースに検証を行い、「新入生をデビューさせずに本課題を別な形で解決する」というルートをとった事例を取り上げた。つまりここでは「現段階では楽譜を配布しない」という結論に至っているが、ここで進捗度を考えた時にルートを変更しなければならない場合が出てくる。例えば「最上回生が3か月後に引退するため、最低でも3か月後までには一回生が楽譜を見ながら演奏ができる状態になったいなければならない」という状況が存在するとしよう。これが「ひとつのデッドライン(ある意味でのゴール)」となり、この時、様々な事象の検証を元に「このゴールを達成するためには現時点から3か月必要だ」という結果が見通される場合に、我々は「今、楽譜を配布する」という選択をとらざるを得ないのである。つまり、一週間後のデビューは見送るが、現タイミングで楽譜の配布は行う、という選択を取るのである。

 蛇足にはなるが、この時「楽器経験者には一週間後に編成に加わってもらう」や「楽器は吹かないが雰囲気を覚えてもらうために練習には参加してもらう」などの、分岐プランが生じてくることもあり、このような分岐プランを柔軟に考えられるか、という点が、以降「ゴール」を考える上で重要になってくるのである。

1-4.最悪の未来を考える。

 ここまでくると、大方現状把握が完了していると言える。そこで、本節で取り扱いたいタスクは現在から少し先の「未来」を見通したものになる。感覚的には前節の「進捗度を考える」タスクの延長線上にあたるタスクだと考えられ、それこそが「最悪の未来を考える」である。ここで考えるのは「ゴール」ではなく「現状を鑑みたときに浮かんでくる最悪の未来」である。なぜこのような事をするのか。その理由は明快で「最悪の未来を現実のものにしないようにするため」である。おおげさに「最悪の」という言い方をしているが、要は「これから発生しうる様々なトラブルを予測する」と書くとイメージしやすいのではないかと思う。重要なのは、あてもなく予測するのではなく、これまでに考えてきた材料を元に「根拠をもって」予測をすることだ。根拠をもって予測をすることで、そのトラブルを未然に防ぐ手法が同時に見えて来る。すると、現状把握をした時点で予測がつくような簡単なトラブルは回避できるようになるわけである。

 合わせておさえておきたいのが、「最悪の未来を考える上でも本質情報を念頭に置いておくこと」と「トラブル回避を考える過程で見えてきた新たな材料をさらに検証すること」である。例によって、ここでも先の「楽譜配布問題」について、「新入生に楽譜は配布するけど、2週間後のステージには出演させない(編成を上回生だけで組む)。」というルートを考えるとする。この時、考えられうるトラブルにはどのような物があるか。いくつかあると思いますが、例えば「楽器経験のある新入生や器用な新入生であれば物理的には編成に加わることができるのではないだろうか」という想定に端を発した物が考えられる。これについて、以上のような新入生の対応や、「何故新入生を編成に加えないのか」という、厳しい編成を強いられる上回生の疑問に対応する必要が出てくると考えられる。このような「人」が密接に関わる問題は非常にデリケートであり、軽視していると思わぬ形で企画が頓挫するケースが存在する。(信頼問題に発展する為。)このように、現状把握をする時点で予測できるトラブルについて、これらを未然に防ぐためのアクションを起こす準備をすることは非常に大切であると言えよう。

1-5.他者の意見を拝聴する。

 ここまで手を尽くせば、「現状把握」という観点で自分ができることはほとんどないと言ってもいい。それが完璧な人間であるならば、である。人間はどこまでいっても「不完全」という特性を捨てきれないし、無能な人間であれば尚更、「保険をかける」という考え方をしなければならない。ここで保険とするのが「他者の視点」である。すなわち、自分がこれまで辿ってきた思考過程を整理して「現状」について他者に相談を試みる。

 これをには大きく分けて2つのメリットが存在します。一つは相手に説明するという動作を通して自分の考えが整理される、ということ。意外とこれのおかげで、自分が1周目に気づくことができなかった問題に目を向けられるケースが存在する。もう一つが、他人から検証されることでフラットな目線での評価を受けることができる、ということである。これにより、自分が思いもつかなかった視点や問題に巡り合うことがある。このようにして、現状把握の精度がどんどん高くなっていくのだ。

 ここまでくれば、自分が置かれている状況について非常に詳しくなっていると言える。彼女曰くここまで来て初めて、我々「無能」は「問題のスタート地点に立つ」ことができる。そうして思考を次のフェーズに移せるのである。

2.理想の状態と道のりを想像する。

 第二に考えたいのはゴールの状態とそこまでの道のり(過程)を見極めることである。ここで、先に述べたような「ゴールしかみえていない無能」にならないためには、ゴールの詳細を見極め、スタート地点に立つときにやったような、ゴールまわりの足場を固めるという工程が必要になる。そこで抑えたいポイントとして彼女が挙げていたのは、以下の4つのタスクになる。

①意識的に計画を立てる。

②妥協点を見出す。

③サブプランを用意する。

④「人」について考え、調整を図る。

 これらについても先程同様、それぞれ重要なポイントを書き留めていく。尚、このフェーズは、現状把握の段階で問題を分析できていればいるほど、より明確にその答えが見えて来る。すなわち、しっかり現状を分析して、ゴールを想像するための材料をたくさん持っていればいるほど、簡単にゴールの様子が見えてくるのである。

2-1.意識的に計画を立てる

 言い換えるならばこれは、「綿密に計画を立てる」ということになる。文字に起こすと至極当たり前のことであるが、ここで無能な人間が考えなければならないのは「何をすれば綿密に計画を立てたことになるのか」という点である。多くの場合、一般的な人間はこの「計画をたてる」という行為を半自動的に行っていると考えられる。良く例え話として用いられる夏休みの宿題をイメージすると、その実態は良く理解できる。8月31日までに全部の課題が終わればいいという前提の元、最初の3日で全部終わらせる者、毎日少しずつやってある程度余裕をもって終わらせる者、最終日に気合で終わらせる者、三者三様ではあるが、いずれの場合も無意識的に計画は立てているわけである。後者に寄れば寄るほど、計画をたてていないように見えるが、これは無意識に「最終日の自分に全てを託す」という計画をたてている、と考えることができる。この無意識的にやっている「計画を立てる」という行為を意識的に行うのが「計画を綿密にたてる」という事になる。

 無能な人間がその特質から脱することにおいて、この「意識的に計画を立てる」という行為は絶大な効果を発揮し得る。例えば一番簡単な「意識化」は「書き起こす」という行為である。すなわち「計画の可視化」である。これにより、文字通りタスク(ToDo)や目標(目的地)が「視える」為、より明確にゴールの様子を想像できるようになる。また、前節で検証したたくさんの材料を余すことなく計画に反映する事が併せて期待できる。

 このように一例として「計画の可視化」を挙げたたが、このポイントで重要になってくるのはどちらかというと精神論的な話であり、気持ちの上で「丁寧に計画を立てよう」と考えることが、特に我々にとって不可欠な要素である。どこまで丁寧にやるか、というのは、結果的に各々の裁量に委ねられるが、少なくとも自分自身が企画の成功(課題の解決)をイメージできるくらい、一生懸命本タスクに打ち込む必要があるだろう。寧ろ、時間が許す限り、ここに労力を注ぎ込みたいといったところである。

 2-2.妥協点を見出す。

 ゴールまでの道のりを、計画として少しずつ可視化していく過程で、絶対に避けては通れない事がある。それが「妥協点の模索」だ。ここでは、彼女の提示した例を借りて、一度具体的なシチュエーションでその重要性を確認したい。

 先に論じた「楽譜配布問題」を思い出してみる。前提条件を振り返ると、ここでの本質情報は「新入生が将来的に使用楽曲を吹けるようになること」にあたる。また一般的に、楽曲に取り組むにあたってはある程度の基礎知識・基礎技術が必要である、という考え方が定石とされている事から、将来的に満足に楽曲の演奏を行うためには、基礎固めを十分に行ってから楽曲に取り組むのが一般的であり、楽器に初めて触る人は、初めの数ヶ月間は基礎練習に専念するケースが多く見受けられる。ここで、楽器初心者を想定して基礎固めを重視したムーブを理想とした時、例えば「5月~7月は基礎練習のみを行い、8月に楽譜を配布、10月には20数曲全ての演奏ができる状態を目指す」というプランを用意したとしよう。ではここで「最上回生が8月に引退するため、最低でも8月までには新入生が楽譜を見ながら演奏ができる状態になっていなければならない」という条件が加わったとする。すると、8月に楽譜を配布したのでは条件を満たすことができないというのは自明である。そこでプランを「5月は基礎練習のみを行い、6月に楽譜の配布、8月には必要楽曲が全て演奏できる状態を目指す」といった物へ、計画を形式的に変更してみる。しかしこの計画は「基礎練習」を行う時間が少なすぎるという弊害を孕む為、何か新たな施策を以て、問題の解決を試みたい。例えば、5月の段階で何日か「基礎練習」を行う日程を増設するとしよう。この場合、練習日を増設するためには、メンバーの予定や負担を考えた日程調整や練習場所の確保が必要であり、これを短期間でクリアするのは現実的に難しいという判断ができそうである。そうすると、どうやら初動を早める(例えば4月から動き出す)か、もともと上回生用に設定してあった練習内容をいくらか見直して、新入生寄りの内容に組み替えるなど、様々な代案が考えられる。

 このように、ある2つの事象を擦り合わせるだけでも.このような妥協と調整が必要となる。重要なのは「妥協を行う際に必ずそれに見合った調整を考察する」ことであり、妥協したことの補填をどのように行うか考察する癖をつけておくのが良いだろう。勿論、時として選択肢をバッサリと切り落してしまう事が必要な場合もある。こうして、「妥協と調整」を、前節で用意したプランニングのための材料を擦り合わせる過程で、根気強く行っていく。

 2-3.サブプランを用意する。

 このようにゴールと、それに続く道のりがなんとなく定まってくると、1つの企画につき、1つのプランが用意されることになる。基本的にはこのプランのガイドラインに沿って物事を進めていき、うまくいかなくなったら修正を加えつつゴールを目指すのが最も簡単な企画の流れになると考えられる。しかしながら、物事には「失敗が絶対に許せない場合」や「軌道修正を行っている余裕がない場合」などがある為、予め「サブプランの用意」をしておく事が賢いと言える。寧ろ、無能な人間にとって「失敗したときにリカバリーするのが苦手である」という自己分析が為されているのであれば、サブプランの用意というのはその解決に絶大な効果を発揮する。

 件の「楽譜配布問題」で考えるのであれば、「5月~7月は基礎練習のみを行い、8月に楽譜を配布、10月には20数曲全ての演奏ができる状態を目指す」をメインプランにした時に、「5月は練習頻度を増設すると共に基礎練習のみを行い、6月に楽譜の配布、8月には必要楽曲が全て演奏できる状態を目指す」などがサブプランとして挙げられる。すなわち、基本の考え方としては前節の「デッドラインに対応した進捗度を分析する」項で若干触れた「分岐ルートを柔軟に考察する」であったり、先の「妥協点を見出す」の項で出てきた「調整」の切り口を変えてみたりすることがサブプランの構築に役立つと言える。ただし、あまり難しくルートを細分化しすぎるのではなく、「メインプラン1つだけで勝負するのではなく、いくつか代替できるプランを考えておく」くらいの認識ができていれば、それで良い。無論「数で勝負する」という事ではない為、「メインプラン」の補強を第一に考えることが大切なのは言わずもがなである。

 2-4.「人」について考え、調整を図る。

 この章の最後のタスクになる。実はこれが全タスクを通して最高難易度を誇ると言っても過言ではないと彼女は言う。察するに「他人の行動や考えは究極的にはわからない」為であるからだと思う。さらに彼女曰く、「プランの崩壊は人的要因である場合が多い」から、このフェーズを疎かにすればするほど、思わぬところから綻びが生じてプランが頓挫するらしい。ここで実行するべきことは課題、問題、企画、計画etc…に関わる人間の行動と思考の分析及び調整である。「他人が関わる物事は自分一人では運用できない」以上、このタスクを避けて通ることはできない。どれだけ素晴らしいプランを用意しても人選を間違えれば破綻するし、メンバーの心情を理解していなければ、自分は信頼を失い、プラン自体が立ち行かなくなる可能性も考えられるのだ。

 一口に他人の行動や思考を分析して、調整を図る、と言いますが、具体的にはどのようなことをすればいいのか。問題が細分化されすぎて、わかりやすい具体案を提示できないと、当時の彼女は言いつつも、大まかなタスクとしてそのポイントを示してくれた。

 ①物事を運用する上でのリーダーとバディーを想定する。

 ②タスクを分配する上で適任を探す。

 ③プランのアウトプットを行う上で問題が生じそうな箇所を予めケアしておく。

 ④プランを遂行する上で問題が生じそうな箇所を予めケアしておく。

 ⑤対案及び反対意見を予めケアしておく。

 ⑥アウトプットする情報とアウトプットしない情報、およびその範囲を見極める。

 ⑦プランに関する問い合わせ先を明確にし、迅速に対応ができる仕組みづくりを行う。

 ⑧各々のキャパシティー及び進捗度を把握する。もしくはいつでも進捗度がわかる仕組みを作っておく。

 ⑨必要に応じて成果の共有・進捗度の共有を行う。

 実際にはタスクに終わりはなく、列挙すればキリがない事は自明であるが、抑えておきたいメインのタスクは大体このあたりだろうと思われる。

 余談になってしまうが、この「対人」に関わる部分について、その重要性については人によって評価が分かれる物らしい。彼女自身は、このタスクを可能な限り深めれば深めるほど、企画の成功率は高まると感じているらしいが、他人の領分は他人の領分として割り切った方が良いと考える人もある程度存在するようだ。他人を気にするあまり、自身の仕事が疎かになってしまったのでは元も子もない為、自分自身のタスクが第一である事は言うまでも無いが、可能な限り他者について考える事は無駄ではないと思いたい。

 3.現状と理想の距離を近づける。

 現状(スタート)と理想(ゴール)の足場が固まった状態であれば、以下の2点を考えるのは容易な事だと思う。このタスクそのものが無能の為の、所謂処世術という奴なのだと思う。

①「何が足りなくて現状と理想が乖離しているのか」という考え方

②「何故、現状と理想が乖離しているのか」という考え方

 まずはこの二つの考え方を使って、自身の弱点、変えたい部分の根幹に迫る。前述のとおり、スタートからゴールまでの道のりが明瞭に見えていれば、これを考える過程で「どうすれば足りない点を補うことができるか」、すなわち「どうすれば現実を理想に近づけられるか」が具体的にわかると思う。この時「どうしたらいいかわからない」という状態になってしまう場合、それは「スタートからゴールまでの道のりがまだよくわかっていない」ということを示唆していると言える。

 このようにして課題の解決方法が見えてきたときに、もう一歩踏み込んでクリアしたいタスクが存在する。それが「応用を可能にするために課題を一般化する」という事である。これだけ労力がかかる作業を毎回毎回地道にやるのはさすがに骨が折れる。こんなに長々と綴っておいてなんだが、おそらく精度を保ってこれらを遂行するのは現実的に不可能だと思う。それが無能なそれであれば尚更である。そこで一度課題として取り扱った事象を一般化し、他の事例にも応用が利くように引き出しにしまっておけたら、それは紛れもなく自身の思考の財産になると思う。ハウツー自体は割と簡単で、これまでに提示したタスクの中で、どこに課題が引っかかっていたかを分析する事がその近道である。いわば、「自分はどこのタイミング(タスク)で躓きやすいのか」という事を、都度都度自覚することで、同じ轍を踏まないような自分が出来上がっていくというわけだ。この作業自体にあまり慣れていない、イメージするのが難しいと感じる人間にとっては「物事や問題はケースバイケースであり、応用と言ってもなかなか難しいのではないか」という印象を抱きがちだと思うが、コツをつかんでくると「やっぱり今回もここが落とし穴だったな…」といった具合に、課題の一般化の有用性を実感することができるらしい。曰く習うより慣れろ、との事だ。

 こうして、無能なそれは常人と遜色なくタスクをクリアするに至る。哀しきかな、常人と遜色ないレベルに追いつくまでにこんなにも多くの作業工程を要する。

 

 

おわりに

 これで彼女が語った処世術のそれは終わりである。自分の事を無能だと自覚している人間は、こんなにも物事に対して理解を深めているのか、とその時はただただ圧倒された。そうして、哀しげな目をする彼女に、少なからず惹かれた。虚ろなそれは、よっぽど人間味に溢れていて、僕には温かみが感じられた。

 今、彼女はどうしているだろうか。今も燻らずに、その目に炎を灯して、一生懸命にこのロクでもない世の中を生きているだろうか。