否唯なしに。

否唯なしに。

否唯なしに。

「関係性損失分光」

 風に救いを求めて、外へ出た。今日も朝方から無菌室に監禁されていた私にとって、太陽の匂いを運ぶあたたかな風をその身で感じる行為は、いわば呼吸のそれといっても遜色ない。風にあたることが呼吸と同義だなんて、研究室に配属されている学生は、なんて窮屈な生き方を強いられているのだろうと、外出する度にそう思う。このまま何もしないで研究室へ帰るのは、なんだかバツが悪いような気がして、なんとなく購買へ向かって、なんとなくエナジードリンクを買っておくことにした。そういうことに、しておいた。

 


「こんな時間にこっちの購買で買い物だなんて、珍しいね」

 

 心底驚いた、といった具合に持っていた飲みかけのエナジードリンクを掲げて「君」は言った。本当は知っていたけど、知らないふりをして、エナジードリンクの缶を交わしておいた。味が苦手で、一気に呑んでしまうのは無理だと思い、プルタブは引かなかった。風に身を任せるのは楽しいが、それは私が話しかけても、何も答えをくれない。答えをくれる人と共に風を感じて初めて、私は救われるのかもしれない。

 


 

 束の間の会話を楽しんで、私達は別れた。時間にして5分程だったようだが、私には永遠のようにも感じられた。月並みな表現で自身の語彙力の無さには辟易してしまうが、文字通りの満足感が身体を満たしてくれていた。外に出て、風に当たって、エナジードリンクを買って、帰路につく。行き着く先は先程まで幽閉されていたなんの面白みもない、文字通り何もない無菌室だが、それでも私の心身は羽根のように軽くなっていた。

 

 この、素晴らしくも尊い関係はいつまで続くだろう。続けられるだろう。この世界に、不変の関係なんて存在しない。関係は可変であって、初めて関係たり得る。この儚い二十数年で、それくらいのことは解っているつもりでいる。でも、それでも、私は不変を求めてしまう。

 

 何年もかけて培ってきた「君」との大事な関係性は、私にとってこの数年間で何物にも代え難いたった一つの財産である。

 

 だから、1%たりとも失いたくない。この関係が変わってしまうことで、否、この関係性の変異の為に、この関係性の一部が、エネルギーとして外界に放出されるその現実を受け入れる事ができない。それは私の数年間から、その、あちこちに穴が空いている伽藍洞の記憶から、「君」が溢(こぼ)れていくということに他ならない。それを想像するだけで、私の心はもう、ドロドロに溶けてなくなってしまいそうだ。

 


 そのとき、「君」は果たして私の心を掬ってくれるだろうか。

 

 帰路の途中で、持っていたエナジードリンクのプルタブを思いっきり引いて、そして、一気に飲み干した。

 

 もうすぐ日が落ちる。

 西日が風にあたって、綺麗。

 

弥永唯 ー2021.08.31