否唯なしに。

否唯なしに。

否唯なしに。

描けない世界

 バッドエンドを描いてみたかった。リアリティがあってそれでいて現実とは掛け離れたようなストーリーを、細やかな感情の推移を何か情景に置き換えて、丁寧に書き込んでみたかった。残念ながら、今のわたしには描けないみたいだ。わたしには人間が終わるその瞬間の本質を、未だ理解できないらしい。2ヶ月取り組んだが、日の目を見ないので供養するものとする。非常に悔しい。

 

下記はラストシーンとして執筆していたもの。

 

 近未来型の揺れない揺籠に、潮風に煽られっぱなしの私たちは、古巣のある方向へと運ばれてゆく。何となく、陽が落ちそうで落ちそうにないこの時間の水面の揺らぎが眼下に望まれて、揺れる筈の無い白銀色の四角い世界が侵食されるようにして、それに視界を襲われる。左から右へ流れていくトラス橋の幾何学的な構造が、不安定な存在を現世に縛りつけておくための最後の砦であるようだった。

 結局、私は何がしたかったのだろう。何か私が、私自身が思い描く普通の人間ではないような気がして、何となく私自身が、私自身と決別しなくてはならないのではないかという、そういう何か伝染病のような義務感に駆られていたのは疑いようもない事実だ。

「『何』が、私にとっての正解だったんだろうなあ。」

声に出して、呟いてみた。汗の一筋が頬を伝い、夕陽の一筋が容赦なく差し込んで敵わない。私は顔を背けざるを得なかった。時が進むに連れて、精神と身体の位置情報がどんどん乖離していくような気がした。言葉を、その言葉通りの意味として捉えて理解できる迄にラグタイムが存在するような、そういう不思議な空間の遠くで君が何か話かけている声が聴こえる。

 

「好きだよ、結咲」

 

瞬間、ずっと私に差し込み続けていた直射日光の先端から、蝉時雨の嵐が降り注ぐような感覚を覚えた。頸のあたりは病的に寒い。冷風のせいか。それでも、否が応でも、私の思索など関係無しに、私の脳裏には夥しい数の桜の花弁が舞い上がる。どこか艶やかで重厚な返答の発声は、その存在感そのままに、丁度モノレールが金属を摩擦したような礫音に掻き消されて、どこかへ消えてしまった。

今の今まで雲に隠れていた三日月が、何もない空の真ん中に浮かんでおどろおどろしく揺れている。


ゆらゆら。ゆらゆら。