否唯なしに。

否唯なしに。

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After you : 世界一キライなあなたの、その先

 邦題「世界一キライなあなたに」という映画を観た。最後まで何故、タイトルが「世界一キライなあなたに」と訳されているのか分からなかった。衰えた感受性は、なんとなく感動的なストーリーに誘われたまま、そのまま帰ってこなかった。このままだと、作中のキャラクターと原作者に申し訳ないという気持ちに駆られて、本作について、そのバックグラウンドを少し調べてみることにした。

 主人公のルイーザは、イギリスの片田舎にて家族と暮らす26歳の女性。不意の失業に見舞われ、求職中に出会った介護の仕事と男性に端を発した物語。彼女が担当することになった大富豪のウィルという青年は、数年前に交通事故の為、脊髄損傷を負って車椅子生活を余儀なくされていた。生きる希望をなくして心を閉ざすウィルのそれを、ルイーザは懸命な努力によって徐々に溶かしてゆく。その最中、彼女はウィルが近々、安楽死を計画している事を知る。心底ショックを受けるルイーザであったが、彼の人生最後の思い出に、そして安楽死を思いとどまらせるために、さらに彼を知る努力を重ね、楽しい計画を立ててウィルを外界へ連れ出して行く。デッドラインが目の前に差し迫った頃、二人はお互いを心の底から愛する関係になっていた。最後までルイーザは彼に死を思いとどまるよう説得するが、それでも彼の意思が変わることは無かった。最後まで自分の意思を貫き通したウィルの最期を、ルイーザは葛藤しながらも看取る。そうして、彼のいない世界で新たな一歩を踏み出す彼女の姿を映して、物語は幕を閉じる。

 改めて物語を振り返って思う。なんて健気な彼女、なんて利己的な彼。主題がそんなところに無い事は分かり切っているし、それが嫌だと言うわけではない。どこまでいっても、男は自分の信念を曲げられない生き物であって、女は察して寄り添える生き物であるらしい。まるで、人間の愚かしい部分と聡い部分を鏡合わせのように見せられているような気持ちになる。だからこそ、最後まで想い届かず、彼の信念を溶かしきれなかった彼女が泣きながら彼の元を去るシーンは非常に人間味があって、"よかった"。利己的な男の理解の範疇外に居る、まるで聖なる存在であるかのような女の、人間たる所以の片鱗が垣間見えるそのシーンはひどく刺激的で、心に響いた。

 やはり、人間の人間らしさが心に触れる瞬間が好きなのかもしれない。そういう意味で、男の愚かしさというか、融通の利かない部分などがそのまま描かれている本作品は変に謙遜していなくて、個人的には好感が持てる。そういう人間的な、キャラクターにフォーカスした観点から、邦題の「世界一キライなあなたに」というタイトルを改めて考えると、成程、日本語の柔軟さをフルに活かした、アイロニックなタイトルである気がして、我々の琴線に触れてくるのだと思った。世界一好きだからこそ、世界一キライという感情が存在する、その美しさには、確かに本編を見ないと分からないかもしれない。であるならば、この作品を見たことには大いなる価値があるわけで、見て良かったと、月並みな感想を抱かずには居られない。

 本作の原題は「me befor you」という非常にシンプルなものになっている。母国の方々がこれをどのように解釈するのかはわからないが、日本人的に考えれば、beforに様々な解釈を持たせられるので幅広くその意味を想像できて深くも面白いタイトルだと感じる。続編が「after you」というタイトルである事を鑑みるならば、貴方が旅立つ前までの私の物語、のような考え方をすべきなのかも分からないが、個人的には「貴方の前にだけ存在する私の本当の姿」みたいに解釈したい気持ちもある。そうであるならば、「after you」は「貴方が旅立った後の私の物語」ではなく、「貴方のその先に存在する私の姿」のように、私が貴方を通り抜けて、その日々をバックグラウンドに加えた私の生き様を見守る作品であって欲しい。きっと、人間的に深みが増して、より刺さるメッセージが彼女の背中から聴こえるのではないだろうか。

 

おわり。