否唯なしに。

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ビジネス的共依存という生存戦略のパラドクス

 乱文の体を表してしまう事を先にお詫びすると共に、できるかぎり丁寧に綴ることを約束するので、暫しお付き合い願いたい。

 僕が今から綴りたいそれを、果たして「ビジネス的共依存」と呼ぶべきかどうか定かではない。もっとふさわしい、関係性を示す名称があるかもしれない。しかしながら名称が定まっていないと文章としての格好がつかない為、ここでは便宜上「ビジネス的協依存」と呼ぶことにする。

 本文では、序論で「何故、ビジネス的共依存という関係が僕らに必要なのか」、本論で「具体的にビジネス的共依存とは何か、何故そこにパラドクスが生じるのか」、結論で「現実世界におけるビジネス的共依存の実現」について綴る。

 

序論

 僕らは基本的に、ほぼ代わり映えのない日常のループの中で生きることを強いられている。朝起きて、仕事をして、食べて寝る。これの繰り返し。そして、同じことを繰り返しているだけ、イージーモードであるはずの日常の中で、必ず我々は「病み」を経験する。ストレスの蓄積、何気ない小さな悩み事、原因不明の急な気分の消沈。理由は何であれ、規模の大小はさておき、精神的に自身が不安定になる瞬間というものが、必ずやってくる。

 一般的に、一人前の人間は(これもライン引きが曖昧な表現ではあるが)、この精神的に不安定な状態を何度か経験してきた中で、そのような状態を自分ひとりで消化する方法を習得している。美味しいものを食べるとか、熱い湯船に浸かるとか、音楽を聴くとか…。その方法は十人十色、種々様々あるだろう。

 しかしながら、時として僕らは「自分一人でなんとかできない病み」に襲われる。本当にどうしようもない、辛い、苦しい、しんどい、そんな瞬間があると思う。そういう時は、たとえ一人前の人間であっても、他人に頼らざるを得なくなる。他人に救いの手を求めなければならなくなる。例えば、友人に悩みを打ち明けて、聴いてもらう方法がある。聴いてもらうだけで我々はとても気持ちが楽になる。時には解決策を提示してくれたり、状況打破の為に直接協力してくれたりするかもしれない。やはり持つべきものは友人だ。

 ここまでが前提条件。いわば「教科書に載っている内容」だ。これで物事が全て丸く収まれば、平和で単純明快、世界は僕らに優しすぎる。悲しきかな、現実には世界はそんなに甘くない。

 「ちょっと他人には相談しづらいな…」と思った事はないだろうか。これはもちろん愚問であって、数多の死線を潜り抜けてきた僕らの頭に、この考えがよぎる瞬間なんて、数え切れないくらいあるはずである。いつも仲良くしている子は今週忙しそうにしているし、こみいった私的な事情をリアルの人間関係に持ち込むのもどこか嫌だ、かといって赤の他人には相談できない…。理由なんて本当に無限にある。この「他人に頼りづらい」という状況に陥った時、僕らは真に病みと向き合わざるを得なくなる。そうして、真面目に向き合いすぎると、僕らはいつの間にか壊れてしまう。(一人前の人間はそうならないようにある程度ストレスを無意識的に調整して生きているのだろうけれど。)

 従って僕らは(もとい僕は)、この「他人に相談しづらい時」に「相談ができる関係性を築いておきたい」と考えており、要はこれが本文の主題である。それが「ビジネス的共依存」の関係性を築くという、僕ら欠陥人間の為の生存戦略なのだ。

※ちなみにこの状態を解決するために、世の中には心療内科心理療法士なるものが存在しているが、いったん目を瞑っておいて欲しい。本文後半にて改めて触る。

 

本論1

 では、実際に「ビジネス的共依存」とはどのような関係なのだろうか。ゴールは示されている。「他人に相談しづらいと僕らが感じたときに、その相談ができる特異的な人材との関係」だ。ここで「相談」という単語を汎用しているが、とりあえず「話を聴いてもらう」程度の軽い意味合いとして捉えておきたい。それでは、少しずつ紐解いていこう。

 まず、この関係に求められているのは「お互いに相談が成立すること」だ。つまりお互いに「この人になら相談できる」というある程度の信頼が必要不可欠となってくるわけである。こういう書き方をしてしまうと、信頼のハードルが高く感じられてしまうが、価値観とか身辺情報を共有しなければならないとか、そういう事ではなくて、「自分の為にその時だけ親身になって話を聴いてくれる」というお互いの了承というか、そんな最低限の信頼のようなものがあれば、それで良いと思っている。あくまで言葉通りの、過大評価されない信頼だ。生理的な部分だったり、感覚的な相性の問題だったり、そういった最低限の諸問題をお互いにクリアできていれば良い。(感覚的にわかって頂けるのではないだろうか…)

 次におさえておきたいのが、相手が、自身のリアルやメインのコミュニティとは、違うルーツに依る人間であるという事。もしくはそのコミュニティに在ったとしても、そこでの関係性とは一線を引いて、もう一つ別に関係性を構築するイメージをお互いに持っている事。要は「自分が溺れているときに救ってもらう為にある人間関係」であることで「その他のすべての柵(しがらみ)を考慮しなくて済む関係」を目指すというわけだ。目的は違えど、感覚的には所謂セックスフレンドに似た性質の関係性ではなかろうか。(セックスフレンドにその付加価値を求めている人間も一定数いるだろう。)私的な関係性に発生する気遣いや遠慮によるストレスが極限まで無くなり、ある種ビジネスライクな関係を維持することが、目的達成の為の障害を減らすことに繋がると考えられる。

 このようなテイストの人間関係を構築した上で、お互いに一線を超えないよう、大事に、大事に関係性を維持する。自分が「話を聴いてもらう時だけ」どっぷりと相手に依存して救われていいし、「話を聴く時だけ」しっかりと依存されて救ってあげる。人間の弱さから、それが「恒常的な共依存関係」にならないように、あくまで「ビジネス的な共依存関係」を目指すというわけだ。

 こうして、「ちょっと他人には相談しづらいな…」という時に「相談できる関係」というのが完成する。どうだろう。こう聴くと最低でも1つはこの「ビジネス的共依存関係」を構築しておきたいという気持ちになるのではないだろうか。欠陥人間が厳しい世界で生き抜くための、素晴らしい戦略だと思う。

 

本論2

 しかしながら、やはり完全な「ビジネス的共依存」の再現は非常に難しい。前述した内容と大分矛盾するようだが(そしてこれも感覚的にわかって頂けると思うが)、そもそも相談ができるレベルまで人間関係の練度を高めてしまったら、それはもう他人ではなくなってしまう為、あくまでビジネスライクな関係を保とうとする方が歪な関係性の促進を招いてしまう。形式的に言い換えるのであれば「ビジネスライクな関係」と「共依存"可能"関係」は同時に成立し得ない、というわけだ。まさに「ビジネス的共依存」という名称の関係が、字面通りの関係だとしたら、それはパラドクスそのものなのである。

 つまり、現実問題として「ビジネス的共依存」を考えた時、その関係は「ビジネスライクな関係」側と「共依存可能関係」側のどちらかに"寄る"ことになる。これまでは「お互いに」その関係を成立させることを前提に話を進めてきた為に、問題が難解となってしまっているが、このベクトルを片側だけに限定、関係を100%ビジネスライクに振る事で、それはいとも簡単に解決の一途を辿る。この関係がすなわち「心療内科心理療法士とのそれ」である。

 でもちょっと待って欲しい。僕らが求めた関係は果たしてそれなのだろうか。「ちょっと他人には相談しづらいな…」と思った時に「じゃあ心療内科に行こう」とはなるまい。(欧米諸国では割とそれが当たり前らしいが。)日本人的思考でいけば「心療内科にかかる」事がさらなるストレスになり兼ねない。この文章の要旨は「お金で解決すれば良い」という事ではない。僕らは(もとい僕は)、「ちょっと他人には相談しづらいな…」と思った時に「1時間で良いから話を聴いて欲しい」、と様々な柵を抜きにして頭を下げられる人間関係が欲しいのだ。そしてその代償は、逆の立場を成立させられる関係性を築いておく事でありたい。(これはきっと人間のエゴだけど、人間はそういう生き物だと思うから、正直に思考したらそうなると思う。)

 つまり、目指すべき関係性の方向性としては「共依存可能な関係をベースにそのビジネスライクな運用を図る」という事になりそうだ。

 

結論

 こうして、現実的に「ビジネス的共依存」を成立させる方向性が見えた。先にも若干触れたが、元々懇意にしている人間と、お互いに「ビジネス的な共依存をする」という内容で合意するという方法が最もあり得そうなプランだ。字面だけ見ると、「それは別にただ相談し合える友人なのでは?」という疑問が湧くが、「意識的にその瞬間はビジネスライクに取り繕う事」が重要なのではないかと個人的に感じている。病んでいる欠陥人間に正常な判断なんてできるわけがないから、一歩間違えれば良好な関係性が歪んでしまい、「ビジネス的共依存関係」の長期化が見込めない。だからこそ普通の人間関係において、僕らは「ちょっと他人には相談しづらいな…」という思考に至るのである。お互いに「限定的な依存関係が成立する」という保険をかけておくことで(お互いにその猶予を共有することで)、僕らは安心して相手に依存し、溺れたときに救ってもらえるのだ。

 

 きっと人間関係の構築に長けている方々は、既にこの関係をいくつか持っている事とは思うが、改めてこの「ビジネス的共依存」の関係の構築を試みてみては如何だろうか。

 僕もつくりたい、ビジネス的共依存関係。………難易度高いんだよなあ、これつくるの…。

 

おわり。

 

P.S. 尚、文中でセフレを例に挙げたが、ビジネス的共依存もセフレをつくるのと同じ要領で一から構築することもできそうに思える。コミュ力と容姿の偏差値が比較的高い人種限定の特殊スキルな気もするけど。そもそもセフレってどうやって作ってるんだ()